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神戸地方裁判所 平成7年(行ウ)30号 判決 1999年12月13日

原告

大搗幸男

右訴訟代理人弁護士

山崎満幾美

高橋敬

羽柴修

山内康雄

深草徹

永井光弘

吉田竜一

被告

明石税務署長 尾崎秀俊

右指定代理人

草野功一

山本弘

粟井英樹

大澤正暁

忽那種治

大串仁司

主文

一  被告が平成五年四月六日付けでした、原告の平成二年分の所得税について税額を九一八万〇一〇〇円とする更正処分のうち、税額二七〇万五一〇〇円を超えない部分の取消を求める部分の訴えを棄却する。

二  その余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が平成五年四月六日付けでした、原告の平成二年分の所得税について税額を九一八万〇一〇〇円とする更正処分を取り消す。

二  被告が平成五年四月六日付けでした、原告の平成二年分の所得税過少深刻加算税の賦課決定(ただし、平成五年六月一七日付けでした変更決定による一部取消し後のもの)を取り消す。

三  被告が原告に対し平成五年四月六日付けでした、平成元年分以降の所得税の青色申告承認の取消処分を取り消す。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、被告が原告に対して行った原告の平成元年分以降の所得税の青色申告承認の取消処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)並びに平成二年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び同処分に係る過少申告加算税の賦課決定処分(以下、本件更正処分と合わせて「本件課税処分」という。)につき、青色申告承認の取消事由はなく、また、平成二年分の所得は適正に申告されているとして、原告が以上の各処分(以下「本件各処分」という。)の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

(課税等の経緯)

1(一) 原告は、昭和五四年四月に弁護士登録をして、法律事務を取り扱っている者であり、平成元年ないし三年分の所得税について、別表1のとおり青色申告をした。

(二) なお、原告は、住所地(自宅)を納税地としており、平成元年分及び同二年分の確定申告書は当時の住所地を管轄する須磨税務署長に提出したが、平成三年八月に転居したため、平成三年分以降の確定申告書は被告に提出した。

2(一) 被告は、平成五年四月六日付けで、原告の平成元年分以降の青色申告の承認を取り消した(本件青色申告承認取消処分)。原告は、平成五年五月二六日、これを不服として被告に対して後記(二)の本件課税処分に対する異議申立てと合わせて異議申立てを行ったが、被告は同年八月一七日付けで原告の異議申立てを棄却した。原告は、同年九月三〇日、国税不服審判所長に対して後記(二)の審査請求と合わせて審査請求をしたが、国税不服審判所長は平成七年三月三〇日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(二) 原告の平成二年分の所得税についての確定申告(以下「本件申告」という。)、被告による本件課税処分、原告の異議申立て、被告による過少申告加算税の変更決定、被告による異議決定、原告の審査請求、国税不服審査所長による裁決の年月日及び内容は、別表2のとおりである。

3 なお、原告の平成三年分の所得税について、減額更正はされていない。

(税務調査)

被告部下職員らは、平成四年九月から平成五年三月にかけて複数回原告と面接したが、原告は、弁護士の守秘義務等を根拠にして調査の具体的理由の開示を求め、帳簿等の提示はしなかった。なお、右面接のうち、平成五年一月二二日の面接は、原告がテープ録音をやめなかったことを理由に打ち切られたものである。また、平成四年一一月には反面調査も開始された。

(不動産の売却及び売却に関する事務の受任)

1 原告の父大搗岩尾(以下「岩尾」という。)は、大搗鉄工所という名称により事業を営んでいた者であり、その所有する別表3の「本件譲渡物件一覧表」記載の各不動産(以下「本件譲渡物件」といい、そのうち順号1ないし3の各土地を「本件譲渡土地」という。)及び別表4「本件に関連のある土地一覧表」記載の各土地(以下、本件譲渡物件と合わせて「本件事業用物件」といい、そのうち各土地のことを「本件事業用土地」という。)をその事業の用に供していた。本件事業用物件は、大搗壮一が昭和二八年ころないし同三〇年ころに取得したものを、岩尾が相続により取得したものである。

2 岩尾は、平成元年三月上旬ころから三木市民病院に入院し、同年五月ころには前記鉄工所において雇用したいた従業員を解雇し、同年六月一三日に死亡した。岩尾の妻で原告の母である大搗とよ子(以下「とよ子」という。)と原告がその相続人である。

3 とよ子は、平成元年一〇月、原告に対し、岩尾の未分割の遺産である本件事業用物件のうち本件譲渡物件の売却に関する事務を委任した(以下「本件委任契約」という。)。

4 平成元年一一月二〇日、原告及びとよ子は、播州信用金庫との間で本件譲渡物件を代金一億一〇〇〇万円で売買する旨の契約(以下「本件譲渡契約」という。)を締結し、どう金庫から手付金一一〇〇万円の交付を受けた。本件譲渡契約に関するとよ子の事務は、本件委任契約に基づき原告が行った。

5 平成元年一二月一〇日、原告ととよ子との間において遺産分割協議が成立し、本件事業用物件のうち本件譲渡物件については、別表3の各「備考」欄記載のとおり、原告及びとよ子がそれぞれ取得した。

6 平成二年一月三一日、原告及びとよ子は、本件譲渡契約に基づき、播州信用金庫から売買残代金九九〇〇万円を受領するとともに、どう金庫に本件譲渡物件の所有権を移転し、その移転当路手続をした。これに関するとよ子の事務も、本件委任契約に基づき原告が行った。

7 原告は、とよ子から、本件委任契約に基づく手数料等(以下「本件手数料」という。)として、平成二年二月一日に六三〇万円を受領し、平成三年一月及び三月に残金一九四五万円を受領した。

(「買換物件」の購入)

1(二) 原告は、平成三年一月二九日、株式会社大京(以下「大京」という。)との間において、ライオンズマンション神戸元町通六〇四号室の建物専有部分及び敷地共有持分(以下「本件買換物件」という。)を代金九一七八万六〇〇〇円(本体価格九〇二〇万円と消費税額一五八万六〇〇〇円との合計額)で取得する契約を締結した。

右建物は新築工事中であったため、最終金の授受及び物件の引渡しは平成四年一〇月一九日とされた。

(二) その後、大京は、いわゆるバブルの崩壊に伴い売残り物件が多数生じたため、近隣の売却物件と比較して高額となっているものについては一斉に売出価格の値下げ改定を行うこととし、既に売約済みであるものについても同様に値引きを行うこととした。

右価格改定に伴い、原告は、平成四年一一月九日、大京との間において、本件買換物件の代金を六〇八〇万一〇〇〇円(本体価格五九八〇万円と消費税額一〇〇万一〇〇〇円との合計額)に変更する旨の合意をし(以下「本件変更契約」という。)、同日、右代金から既払金額を控除した残額三三四〇万一〇〇〇円を支払い、本件買換物件を取得した。

2 事業者がマンションを譲渡した場合、土地(土地の上に存する権利を含む。)の譲渡については消費税が課せられないため、事業者は、一般的に、土地の対価に相当する部分以外の部分のみが消費税の課税の対象に当たるものとして、その対価につき消費税の転嫁を行うから、売買契約等においてマンションの本体価格と消費税額が明確に区分されている場合には、その転嫁された消費税額を消費税率で割り戻した金額が建物の対価に相当する。

(平成二年の収入)

1 平成二年において、原告は別表5の番号<2>、<4>、<5>、<8>、<11>、<12>、<16>ないし<25>、<27>、ないし<29>記載の取引先一九名から、順にそれぞれ、三八一万八五〇〇円、一二〇万、六〇万〇二一〇円、三九万円、三六万円、七〇万円、二万円、三万二〇〇〇円、二万円、七万円、一万円、一五万円、二万円、九万円、二万円、二〇万円、四三万五〇〇〇円、一〇万円、五〇万円の収入を得た。

2 また、原告は、右1の他に、別表5の番号<1>のとよ子、<3>、<6>、<7>、<13>及び<14>の取引先(以下、とよ子以外の取引先を、順に「取引先A」・・・「取引先E」という。)から収入を得たが、その金額は、少なくとも、別表5の「原告が認める金額」欄記載のとおり、順に六三〇万円、三六九万八五〇〇円、二〇万円、五一万五〇〇〇円、四万円、一〇万円である(この金額の限度では争いがなく、これを超える金額について争いがある。)

3 さらに、原告は右1及び2の他にも、二八四万一二九一円の収入を得た。

三  争点

1  申告税額を超えない部分について取消しを求める訴えの利益があるか。

2  本件青色申告承認取消処分は適法か。

3  とよ子から得た本件手数料収入は全額が平成二年分の所得として計上されるべきか。

4  原告の平成二年分のその他の収入金額はいくらか。

5  平成三年分の減額更正等をしないで平成二年分の増額更正をしたことは適法か。

6  国税不服審判所の審理で問題とされなかった処分理由を本件訴訟で主張することは許されるか。

7  被告が本件訴訟係属後に収集した証拠を、本件訴訟において立証の用に供することは許されるか。

8  本件譲渡物件の譲渡に係る所得に租税特別措置法(平成二年法律第一三号による改正前のもの。以下同じ。)三七条一項の適用があるか。

9  本件買換物件の取得価格のうち建物分の価格はいくらか。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1に申告税額を超えない部分について取消しを求める訴えの利益があるか)について

(被告の主張)

原告は、本件申告において申告税額を二七〇万五一〇〇円としており、本件更正処分のうち右申告税額を超えない範囲においては納税額のあることを自認しているのであるから、右申告税額を超えない部分につき取消しを求める訴えの利益はない。

(原告の主張)

原告は、法定期限内に青色申告をして納付すべき税額を申告している。そして、本件更正処分が取り消された場合には、右処分の効力は失われるので、原則どおり、原告の申告税額が納付すべき税額として確認する。したがって、本件更正処分のうち右申告税額を超えない部分についても取消しを求める訴えの利益がある。

2  争点2(本件青色申告承認取消処分は適法か)について

(被告の主張)

(一)(1) 所得税法一五〇条一項一号にいう帳簿書類の備付け等の意義

所得税法一五〇条(青色申告の承認の取消し)一項一号にいう帳簿書類の備付け等とは、青色申告承認の趣旨に照らせば、単に帳簿書類を納税者において物理的に備え付けておけば足りるものではなく、これに対する税務調査において税務職員がこれを閲覧、検討し帳簿書類が青色申告の基礎としての適格性を有するものであるか否か、帳簿書類に基づき所得金額を正しく算定して納税申告をしているかどうかを判断し得る状態におくことを当然の前提として包含しているものと解される。したがって、青色申告の承認を受けている者が正当な理由がないのに帳簿書類を税務職員に提示することを許否したような場合には、たとえ客観的には帳簿の備付け等が正しく行われていたとしても、その者に青色申告承認の特典を享受させることはできないものというべきであり、このような場合も同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解するのが相当である。

(2) 質問検査権の行使について

所得税法二三四条に規定する税務職員の質問検査権の行使においては、具体的な調査理由及び調査の必要性を開示することは実体法上の要件とはされておらず、また、反面調査の実施については、社会通年上相当な限度にとどまる限り、税務職員の合理的な選択にゆだねられているというべきである。

(3) 弁護士の守秘義務

本件調査における質問検査権の行使の対象は、原告が扱った事件の内容や依頼者の身分・特性に関する事項ではなく、各事件処理により依頼人から原告に対して手数料、謝金等が支払われた事実の有無及びその金額の性質等の経済的取引に関する事項を確認することであり、そられの確認に応じることは弁護士法二三条の秘密保持の規定に抵触するものではなく、守秘義務をもって質問検査を許否することは認められないというべきである。

(4) テープ録音について

平成五年一月二二日の面接調査の打切りの理由は、テープ録音が調査担当者に心理的圧力を加えるものである上、調査の内容を録音された場合、別の機会にその内容を第三者に聞かせることが可能であることから、テープ録音されることによって、税務職員に課せられている守秘義務に違反するおそれが生じることになるという点にある。

(二) 本件青色申告承認取消処分の適法性

平成四年九月中間以降、吉本調査官及び西岡統括官が、原告の平成元年分ないし平成三年分の所得税の調査のため、何度も原告の事務所に臨場し又は電話をかけて、業務に関する帳簿書類を提示するよう要請したにもかかわらず、原告は、具体的な調査理由及び調査の必要性の開示を求めるのみで、一切の帳簿書類を提示せず、調査に協力しなかった。このため、吉本調査官は、原告の業務の係る帳簿書類を確認することができなかった。このことは、前記(一)(1)の帳簿書類の備付け等がない場合に該当するというべきである。

(原告の主張)

(一) 帳簿書類提示の拒否が所得税法一五〇条一項一号に該当することがあるとしても、同号は帳簿書類の提示拒否を取消事由として直接には規定していないこと、青色申告承認取消処分が納税者に対し一定の不利益を課する処分であることからすれば、右該当性が肯定されるのは、少なくとも、税務当局の行う調査の全過程を通じて税務当局側が帳簿の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてもできなかったと考えられる場合に厳しく限定されるべきである。

しかるに、被告は、以下のとおり、原告の誠実な対応にもかかわらず、弁護士の守秘義務に全く配慮することなく、調査の便宜のみを一方的に優先させて調査を勧めてきたものであり、社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしているとはいえない。

(1) 税務調査において問題点の早期提示が可能であったこと

被告は、調査の開始という早期の段階から問題点を限定することが可能であったにもかかわらず、問題点を絞った限定的な調査を試みる努力を全くしていない。

(2) 原告の具体的理由の開示の要求を無視したこと

原告は被告に対し、弁護士の守秘義務についての理解を求め、調査の具体的理由の開示を受けた上で提示資料を限定して提示する旨一環して主張していた。にもかかわらず、被告は、右の点に一切配慮することなく調査を進めた。

(3) 守秘義務に配慮した調査方法の協議は可能であったこと

依頼者名が記載された箇所に紙を貼った上で帳簿等の提出を受けるなど、守秘義務に配慮した調査は可能であったにもかかわらず、被告職員は、問題となっている項目も示さず、税務職員にも守秘義務があるとの発言を繰り返すのみであったので、原告は調査方法の協議すらできなかった。

(4) 反面調査の不当な開始

被告は、平成四年一〇月一六日の三回目の臨場調査に際し、原告が次回の四回目の臨場調査の受忍を約束したにもかかわらず、四回目の調査の前の段階で、原告の理解を得るための努力を全く行うことなく、反面調査を開始したが、右は「いたずらに調査の便宜のみにとらわれて納税者の事務に必要以上の支障をあたえることのないよう配慮し、ことに反面調査の実施にあたっては、十分にその理解を得られるよう努めること」を要求する昭和三六年七月一四日国税庁長官通達の精神に反する。

(5) テープ録音を理由とする不当な調査打切り

平成五年一月二二日の調査の際、被告職員は原告がテープ録音を中止しなかったことを理由にその日の調査を打ち切ったが、テープ録音は、税務調査の適正を担保するため、及び原告が秘密漏示に当たるような対応をしなかったことを後日説明できるようにしておくためのものであり、テープ録音の中止を求めることに正当な理由はなく。

(6) 請願への対応

原告は、市民として採り得る手段として請願法の手続に則った請願を二回行っているが、被告の対応は不誠実であった。

(二) また、被告は、原告に対する本件青色申告承認取消処分の後も、原告に対し青色申告要旨を送付し続け、かつ、調査担当者の捺印のある還付のお知らせによって青色申告を前提とした処分をしていることにかんがみれば、被告の本件青色申告承認取消処分は、単に青色申告であれば要求される更正処分への「理由附記」を回避するためだけの処分であるということができ、違法である。

3  争点3(とよ子から得た本件手数料収入は全額が平成二年分の所得として計上されるべきか)について

(被告の主張)

(一) 所得税法三六条一項は、その年分の各種所得金額の計算上収入金額とすべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とすると定められており、「収入すべき金額」とは、収入すべき権利の確定した金額をいい、いわゆる権利確定主義が採られている。これは、課税に当たって常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので、徴税政策上の技術的見地から、現実収入前であっても収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものである。

(二) 人的役務の提供による収入金額の計上すべき時期については、所得税基本通達三六-八のとおり、その人的役務の提供を完了した日と解すべきである。

本件委任契約は、本件譲渡物件の売却に係る処理という人的役務の提供を内容とするものであり、所有権の移転登記及び売買代金の決済が終了した平成二年一月三一日に委任契約の本旨に沿った義務の履行が完了している。そして、平成二年二月一日付け領収書(甲九の1)に本件手数料の総額(二五七五万円)も記載されていたことからすると、同日において既に役務の提供に対する対価は確定していた。

したがって、原告がとよ子との間の本件委任契約に基づいて受領した本件手数料は、すべて平成二年分の事業所得に係る総収入金額に計上すべきものである。

(三) このように、本件手数料は全額が平成二年に支払われるべきものであるところ、本件譲渡物件が原告とそき実母(とよ子)の共有財産であり、かつ、委任計奴書において本件手数料の支払期日を定めなかったことからみて、本件手数料の支払を平成二年及び平成三年に分割したことは、原告の事業所得を分割するための原告らの恣意的な操作であったといわざるを得ない。

(原告の主張)

(一)(1) 弁護士報酬は、その委任事務に係る職務が法的紛争の解決という流動的・予測不能的業務であるという特殊性及び無形の知的活動の対価であるということから、事案の終局に至るまで確定・具体化が困難である。

このため、弁護士業務については、具体的報酬額の決定が商業的定型性を有しないので、画一的処理になじまない。したがって、収入の帰属時期について、いわゆる権利確定主義によることは事実上不可能であり、現実に金員を収受した時点を基準に判断すべきである。

(2) また、被告援用の所得税基本通達三六-八は、「人的役務の提供による報酬を期間の経過又は役務の提供等に応じて収入する特約又は慣習がある場合におけるその期間の経過又は役務の提供の程度等に対応する報酬については、その特約または慣習によりその収入すべき事由が生じた日」としている。本件のように事務処理が多岐にわたる場合も、売買の締結、履行時期や税務処理の役務の進行状況、提供の程度に応じて報酬を受領するのは当然のことであり、弁護士業務と報酬は、右通達にいう「特約又は慣習」がある場合に該当する。

(二) 本件の場合、税務署に対する申告、税務署からの問い合わせに対する回答や交渉等本件不動産の売却に伴う事務は平成三年の申告時期まで続き、七月末日まで継続した。したがって、平成三年一月三一日に受領した三三〇万円及び同年三月八日に受領した一六一五万円の合計一九四五万円は、平成二年ではなく、平成三年の収入に計上すべきものである。

4  争点4(原告の平成二年分野その他の収入金額はいくらか)について

(被告の主張)

(一) 別表5の「被告主張額」欄記載のとおり、原告の平成二年分の収入のうち、取引先Aからの収入は四一〇万七八〇〇円、同Aからの収入は四二万八〇二二円、同Cからの収入は六四万八二一六円、同Dからの収入は三七万七七四五円、同Eからの収入は一三万二九八〇円である。

(二) 原告は、平成二年、前記二の争いのない事実(平成二年の収入)1尾よ日右(一)に記載した収入の他に、別表4の番号<9>、<10>、<25>、<30>ないし<34>の取引先(順に、「取引先F」・・・「取引先N」という。)から、同表の「被告主張額」欄記載のとおり、順にそれぞれ二一万八四八八円、二〇万円、四一舞えん、七万円、四〇万円、八〇〇〇円、八〇〇〇円、五〇万円、二万六三五八円の収入を得た。

(三) 仮に、被告主張の収入金額の中に原告主張どおりの諸費用と認めるべき金額が含まれていたとしても、原告が確定申告において右金額を総額一五四九万七六四七円(ただし、集計誤りを訂正し、かつ、本件青色申告承認取消しに伴い必要経費として控除できないものを除いたもの)の必要経費の中に含めて計上していないことを確認することができない。

(原告の主張)

(一) 原告の平成二年分の収入であると被告が主張するものの中には、訴訟印紙代、鑑定費用等の実費として受け取ったもの、又はサラ金業者への返済金として依頼者から、若しくはサラ金業者から依頼者への返金としてサラ金業者から原告が預かったものも含まれている。すなわち、取引先Aからの入金四一〇万七八〇〇円のうち四〇万九三〇〇円は訴訟印紙代等の実費、同Bからの入金四二万八〇二二円のうち二二万八〇二二円は訴訟印紙代等及び仮処分補償金の一部、同Cからの入金六四万八二一六円のうち一三万三二一六円は訴訟印紙代等、同Fからの入金二一万八四八八円のうち二〇万円は鑑定費用、残り一万八四八八円は測量代金等、同Gからの入金二〇万円は鑑定費用、同Dからの入金三七万七七四五円のうち三三万七七四五円は訴訟印紙代等、取引先Eからの入金一三万二九八〇円のうち三万二九八〇円は訴訟印紙代等、同Jからの入金四〇万円はサラ金業者への返済金、同Kからの入金八〇〇〇円はサラ金業者から依頼者への返金、同Lからの入金八〇〇〇円、同Mからの入金五〇万円、同Nからの入金二万六三五八円は、いずれもサラ金業者への返済金であり、原告の収入ではない。

(二) また、別表5の<15>の入金四一万円(取引先H)及び<26>の入金七万円(取引先I)については、原告が自己の金を銀行口座に入金しただけのものであり、原告の収入とはいえない。

5  争点5(平成三年分の減額更正等をしないで平成二年分の増額更正をしたことは違法か)について

(被告の主張)

(一) 原告の主張する平成三年分の減額更正は、原処分時において、平成二年分及び平成三年分の帳簿等により、同年の収入金額の内訳が明らかになり、かつ、平成三年分の収入にとよ子から受け取った本件手数料のうちの一九四五万円が含まれていることが確認されてはじめて可能な処分である。しかるに、原告から帳簿等の提示が一切なかったため、平成三年分の売上金額、ひいては右一九四五万円が平成三年分の当初の申告に含まれていたか否かは確認できていない。したがって、平成三年分の減額更正を行っていないことを理由に、平成二年分の本件課税処分が違法であるとする原告の右主張は失当である。

(二) また、仮に、平成三年分の収入金額が申告額よりも少ないことが判明したとしても、後年分の減額更正を行っていないことを理由として本件各処分の違法を主張することはできない。

(原告の主張)

(一) 本件のように収入計上時期が問題となった場合、平成三年の所得税の過払についてその要件が確定するのは、平成二年の所得税について更正処分等を経て税額が確定したときである。ここで、平成二年の所得税についての更正処分が平成三年の所得税についての更正請求の期限後に行われたときは、納税者が過払の税額の返還を求める手続はなくなってしまうが、これは著しく不公平である。

(二) 原告は、とよ子からの本件手数料のうちの一九四五万円を平成三年の所得税の申告において売上げとして計上していたが、更正請求の期限後にされた本件更正処分は、右一九四五万円を平成二年の収入として計上している。そうすると、平成三年の所得税の申告は収入が右一九四五万円分過大になっていることになる。

(三) したがって、原告の平成三年の所得税の過払が明白であるのに、被告が、それを放置して、納税者たる原告が過払分の返還を求める手段を封じて本件更正処分をしたのは著しく正義に反し違法である。

6  争点6(国税不服審判所の審理で問題とされなかった処分理由を本件訴訟で主張することは許されるか)について

(被告の主張)

(一) 課税処分の取消訴訟の訴訟物は、課税処分の違法性一般であって、その審理の対象は、課税処分自体の理由にとらわれず、課税処分の認定額が正当な所得税額を超過して納税義務を重課した違法があるか否かである。そして、更正処分取消訴訟で処分の実体的違法が争われているときにおいて、審判の対象となるのは、租税債務の存否いかんであり、所得認定のための資料は、更正処分当時判明していた事実であると否とを問わず、時機に後れたものでない限り主張することが許される。また、行政不服申立手続と訴訟手続とは独立した別個の手続であって続審としての構造を持たないものであるから、被告が異議決定の段階において容認していた事実を訴訟段階において否定することが禁反言ないし信義則違反に当たるか否かを問題にする余地はないものというべきである。

(二) 課税庁が行う税務相談は、専ら行政サービスの一環として、納税者のための税法の解釈、運用又は申告手続等についてその相談に応ずるもので、具体的な課税処分とはかかわりがないし、課税庁の公式見解でもなく将来の課税処分を拘束するものではない。したがって、仮に、原告が神戸税務署等に赴き、税務職員が税務相談を行っていたとしても、被告の主張には何ら影響せず、租税法律関係について信義則の法理が適用される「特別な事情が存する場合」には当たらないというべきである。

(三) 国税通則法一〇二条の規定は、原処分を維持した裁決の結果になお不服があるとして提起された処分取消訴訟において、処分庁が処分を根拠付けるためにする主張が、裁決の理由中の判断と同一でなければならないとするものではないのであって、裁決は、そのような意味での拘束力を持つものではない。

(原告の主張)

(一) 審理の対象につきいわゆる総額主義の立場に立つとしても、それは、審理の過程で新たな課税の要件たる事実が発見された場合にこれまで争点とされてこなかった以上その課税要件を主張できないとするのは、課税の公平からも適正ではないという理由から、「更正処分の理由の追加・差替え」が認められるとするものであり、本件のように当初の段階から原告の父親の工場の存在は明らかでその資産の性質についても明白であった場合にまで更正処分の理由の追加や差替えが許されるとする趣旨のはない。

(二) 原告は、本件申告前に、神戸税務署に赴いて、本件譲渡物件の譲渡にき租税特別措置法三七条の適用がある旨の回答を得て本件申告に及んだものであり、課税庁側の更正処分、異議申立て、審理請求の全過程においても、同条の適用が認められていた。本件訴訟において、被告がこれまでの扱いを覆して同条の適用を否定することは、信義則に反し、禁反言により許されない。

仮に課税徴税上右のような禁反言の主張が認められないとしても、訴訟上の主張としては課税庁による主張の追加や差替えは制約されるべきである。なぜなら、当事者対等を実質的に確保しようとする民事訴訟法のもとで、原告たる納税者に対して主張や証拠申請について片面的に制約している(国税通則法一一六条)税務訴訟において、課税庁がかような主張の追加や差替えを自由にすることができるとは考えられないからである。

(三) また、被告の右理由の追加や差替えは国税不服審判制度からも許されない。すなわち、国税不服審判の裁決の事実認定に拘束力がある(国税通則法一〇二条)ことからすれば、不服審査を経た訴訟においては、主張や証拠申請は、それが後に新たに発見されたとか、ことさら納税者が主張や証拠申出を妨害したというような事情がない限り、裁決の事実認定に拘束されなければならない。

7  争点7(被告が本件訴訟係属後に収集した証拠を、本件訴訟において立証の用に供することは許されるか)について

(被告の主張)

(一) 被告(その指定代理人である国税職員)は、原告による本訴提起後に、大阪国税局課税第一部国税訴務官室名で、行政事件訴訟遂行上の必要を理由に、別紙様式の照会文書により、調査ないし証拠収集活動を行っているが、右調査ないし証拠収集活動は、国税局職員等の取引先等に対する質問検査権に関する所得税法二三四条(特に同条一項三号)、大蔵省組織規程(昭和二四年大蔵省令第三七号)一二八条及び一三〇条の諸規定、並びに事実と証拠の収集(立証活動)を訴訟当事者の権限とする民事訴訟法上の弁論主義の原則及び訴訟当事者の調査義務に関する旧民事訴訟規則(平成八年一二月一七日最高裁判所規則第五号附則第二条による廃止前の民事訴訟規則をいう。)四条等に根拠を置く適法なものである。

(二) また、原告は、乙第二一ないし第三一号証は、所得税法二三四条一項三号に該当しない者に対する照会であり、違法収集証拠である旨主張する。しかし、本件譲渡物件が右譲渡直前において事業の用に供されていたか否かにより、本件譲渡について租税特別措置法三七条一項の適用の可否が判定されるのであるから、旧民事訴訟規則四条を根拠とした、被告の主張を立証するための立証活動は、当然に許されるというべきである。

(原告の主張)

大阪国税局は、本件訴訟係属後の平成七年一〇月五日から翌年八月二六日にかけて、本件裁判の当事者でない第三者に対して照会と称して文書を送付し、その回答を徴取して証拠(乙一、二、五ないし一四、二一ないし三五)として提示しているが、以下のとおり違法に収集されたものであるから、被告の立証に使用することは許されない。

(一) 民事訴訟法の弁論主義からの逸脱

被告ら課税当局は、原告に対する調査開始後国税不服審判所の裁決がなされるまで三年にわたり、租税要件確定行政手続の過程で質問検査権の行使をしてきた。ところが、司法手続の過程になり、当事者が実質的に武器対等の立場で信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない段階になって、大阪国税局は罰則を伴う質問検査権を強行し、証拠収集と称して第三者に対して回答を要求したのであって、これは民事訴訟法の弁論主義を逸脱したものである。しかも、原告のような納税者には、罰則を伴う一方的な調査方法が保障されていないこと、大阪国税局が照会した第三者に対して事実を確認する方法は民事訴訟法上に存在することからすれば、大阪国税局の本件照会の違法性は著しい。

(二) 質問検査権の対象外

仮に、司法手続の段階になっても質問検査権の行使ができるとしても、大阪国税局が行った乙第二一ないし第三一号証の照会は、照会の対象者が所得税法二三四条一項三号に該当する者ではないから、違法である。

(三) 更正決定の期間制限

質問検査権は租税要件確定の行政手続の一方法であるところ、乙第一号証の照会は、原告の本件にかかる平成二年分の所得税の申告期限(平成三年三月一五日)から五年以上、その余の照会も右申告期限から三年以上経過しており、もはや被告が更正決定をすることができない時期(国税通則法七〇条)になってからの質問検査権の行使であるから、違法である。

8  争点8(本件譲渡物件の譲渡に係る所得に租税特別措置法三七条一項の適用があるか)について

(被告の主張)

(一) 大搗鉄工所は平成元年五月ころから休止状態にあり、岩尾が死亡した後は、原告が機械等を動かしたことはなく、単に、本件譲渡物件に設置されていた機械や什器等を保管していたにすぎない。仮に、原告が、本件譲渡物件の売買交渉と並行して貸付け計画を持っていたとしても、いずれ売却することを予定していたのであるから、継続的な事業を行っていたとはいえない。

結局、本件譲渡物件は、原告がこれを取得した当初から本件売買契約締結時まで、原告の事業の用に供されることはなかったのであるから、本件譲渡所得を計算するに当たって、租税特別措置法三七条一項の規程を適用する余地はない。

(二) 仮に、本件譲渡土地の譲渡に租税特別措置法三七条一項の適用があるとしても、その場合の分離長期譲渡所得の金額は別表6の順号<12>欄記載のとおり二四二一万四六八三円となるから、本件更正処分において認定した分離長期譲渡所得の金額二二三五万五一三四円は右金額の範囲内となる。

(原告の主張)

原告及びとよ子は、岩尾死亡後も、鉄工所内の機械等重機、什器備品をそのまま使用し得る状態で維持し、また、第三者に貸し付ける方策もとってきたのであるから、本件譲渡物件は租税特別措置法三七条の適用のある物件である。

このことは、前記のとおり、税務相談、更正処分、異議申立て及び審査請求の全過程にいて同条の適用が認められていたことからも明らかである。

9  争点9(本件買換物件の取得価額のうち建物分の価格はいくらか)について

(被告の主張)

本件買換え物件のうち、原告が申告において適用を主張した租税特別措置法三七条一項の表一四号の買換資産に該当するのは、減価償却資産のみであり、土地はこれに該当しないところ、本件買換物件の取得価額のうち建物分の価格は、本件変更契約による変更後の消費税額一〇〇万一〇〇〇円を消費税率三パーセントで割り戻した金額である三三三六万六六六七円に当該消費税額を加算した三四三六万七六六七円である。

(原告の主張)

原告は、バブル崩壊による土地価格の大幅な下落を前提に、大京との間で本件買換物件の値引き交渉をしたのであり、本件変更契約は、土地建物一括価額のうち、土地価額のみが減額されたものである。

被告主張の、本件変更契約による変更後の消費税額を根拠とした建物分の価格の算出方法は、土地建物の価格動向や交渉経過を無視したものであり、誤りである(被告主張の建物価格は、土地と建物が均等に値下げされたと仮定して算出した価格(三五〇五万一二八六円+消費税)よりも低い不当に安価な金額である。)。

第三当裁判所の判断

一  争点1(申告税額を超えない部分について取消しを求める訴えの利益があるか)について

納税者が確定申告書を提出すれば、原則としてそれによって納税義務が確定するのであり、例外的に確定申告書の記載の無効を主張し得る場合以外は、更正の請求という手続きによってのみその金額の減額変更を求め得るにすぎない。そうすると、右手続を経ることなく更正処分のうち申告額を超えない部分の取消しを求めることは、納税者の自認する金額の範囲を超えて更正処分の取消しを求めることになるから、訴えの利益を欠く不適法な訴えとして許されないというべきである。この点に関する原告の主張は採用することができない。

したがって、本件訴えのうち、本件更正処分について原告の申告した税額二七〇五万五一〇〇円を超えない部分について取消しを求める部分は、訴えの利益を欠き不適法というべきである。

二  争点2(本件青色申告承認取消処分は適法か)について

1  青色申告承認の取消事由

所得税法は、所得税の青色申告の承認を受けた者に対する各種の優遇措置を定めている(五二条ないし五五条、五五条の二、五七条、七〇条、一五五条一項・二項、一五六条等)。その反面、同法は、青色申告者は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備えつけてこれに所得の金額に係る取引を記録し、これを保存すべきものとし(一四八条一項)、青色申告者が帳簿書類の備付け、記録、保存を行わなかった場合は、税務署長は、青色申告の承認を取り消すことができるものとしており(一五〇条一項一号)、また、同法二三四条は、税務署職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、納税義務者の帳簿書類を検査することができるものと定めている。

これらの規定を総合すると、所得税法は、青色申告者に対して各種優遇措置を講ずると同時に、その反面帳簿書類の備付け等の義務を課し、所得税に関する調査が行われる場合には税務署職員による帳簿書類の検査に応ずべきものとし、右調査において帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていることが確認できない場合には、税務署長は青色申告の承認を取り消すことができるものとする趣旨であると解するのが相当である。

ただし、税務署職員の行う調査の全過程を通じて、税務署側が帳簿書類の備付け等の状況を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を怠ったと認められるような場合には、右青色申告承認の取消しは、税務署長に裁量権の濫用があるとして違法となると解するのが相当である。

2  本件税務調査の経緯等

そこで、本件につき検討するに、証拠(甲二、三の1・2、一八、二一、乙三九、四六、証人吉本明史の証言、同西岡達雄の証言)及び弁論の全趣旨によれば、本件税務調査の経緯等は、以下の(一)ないし(一八)のとおりであることが認められる。

(一) 原告が平成三年三月五日に須磨税務署長に提出した平成二年分所得税青色申告決算書には、「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄に何らの記載もされていなかった。

(二) 平成四年九月一六日の面接

(1) 被告の部下職員である吉本明史上席国税調査官(以下「吉本職員」という。)は、上司の長谷川彰個人課税第三部門統括国税調査官(以下「長谷川統括官」という。)の指示により、原告の平成元年分ないし三年分の所得税の各確定申告書に記載された所得金額が適正であるか否かを確認するため、平成四年九月一六日、原告方事務所に臨場し、原告と半折した(原告の事務所は平成四年一一月末ころに同一町内で移転されたので、以下、移転前の事務所を「旧事務所」、移転後の事務所を「新事務所」という。)。

(2) 右面接は、吉本職員が同本九月四日に予め原告の旧事務所に架電して日時を指定し原告の了承を得た上でなされたものであるが、右架電の際、原告は原告が調査を受けなければならない具体的理由を明らかにするよう求めていた。

(3) 右面接の際、原告は、調査内容をテープ録音しようとしたが、吉本職員に録音の中止を求められ、結局、録音はしないことにした。

(4) そして、吉本職員は繰り返し帳簿等の提示を求めたが、原告は、具体的な調査理由の開示を求めて右要請に応じなかった。原告が具体的な調査の開示を求める根拠として挙げたのは、弁護士には守秘義務があることと、罰則で担保さないる質問検査権はできるだけ絞って行使されるべきであるということ等であった。そのやりとりは、おおむね、吉本職員が、所得金額の確認に来た、帳簿等を確認検討して調査を進めていく、帳簿等の提示がなければ申告額の検討ができないなどと述べるのに対し、原告は、それでは具体的理由にならない、納得できないから帳簿等は提出できないと述べるものであった。

吉本職員は、繰り返しの要請にもかかわらず原告が帳簿等の提示に応じなかったため、このまま説得を続けても協力が得られないものと判断し、その日の面接を終了した。

(5) 吉本職員は、帰署後、旧事務所に架電し、同年九月二一日一〇時に臨場する旨告げたところ、原告はこれを了承した。

(三) 平成四年九月二一日の面接

(1) 平成四年九月二一日、吉本職員は、旧事務所に臨場し、原告に対し調査協力を要請したところ、原告は、調査拒否はしていない、調査の具体的な必要性の説明を求めているだけである旨延べた。これに対し、吉本職員は、調査の理由は、申告に係る所得金額の基礎となる帳簿等を提出してもらい、申告内容が適正であるかどうかを確認するためである旨延べたが、原告は、それでは理由にならず、納得できない旨返答した。そこで、吉本職員は、所得金額は帳簿等を提示してもらってはじめて検討できる、所得金額の内容について検討させてほしい旨要請したが、原告は、内容について具体的にどの科目が何と比べて問題であるのか指摘するよう述べた。これに対し、吉本職員は、調査してはじめて申告額の適否の判断を下せるわけであるから、関係書類を提示してほしい、と引き続き帳簿等の提示を要求したが、原告は、調査の理由が分からないし、帳簿等を提出する必要があるとは思えないなどと述べるだけで、帳簿等を提出せず、両者の間で、しばらく同様の押し問答が続いた。

(2) 吉本職員は、次回は原告の扱った具体的事件の収入金額について個別に質問する旨述べたが、いつごろ終結した事件について質問するかについては特に明示しなかった。

(3) また、原告は、平成三年八月に取得した自宅(現住所)の資金の出所についての吉本職員の質問に対しては、税務署から文書が来た時点で答える旨回答した。

(4) その後、原告に来客があったため、吉本職員は、同年一〇月一六日午後一時に臨場することを約束しその日の面接を終了した。

(四) 平成四年一〇月一六日の面接

平成四年一〇月一六日、吉本職員は旧事務所に臨場し、原告に対し、昭和六三年以前に終結した二つの事件についても質問した。これに対し、原告は、古い事件であり即答できない旨答えた。また、吉本職員は平成元年分以降の帳簿等について提示を求めたが、原告は具体的な調査理由の開示を求め、これに応じなかった。吉本職員は、帳簿等の提示がない以上反面調査を実施せざるを得ない旨延べたところ、原告は、反面調査は拒否する、会うことは拒否していないのだから、と述べた。

その後、原告に急用ができたため、次回調査日の約束ができないまま、その日の面接は終了した。

(五) 平成四年一〇月二一日の架電

平成四年一〇月二一日、吉本職員は原告の旧事務所に架電して次回調査日について聞いたところ、原告は、具体的な調査理由の開示がないから応じられない、反面調査も行わないと約束してほしいと述べた。吉本職員は、調査理由は所得金額の確認であり、帳簿等の提示がない以上反面調査をせざるを得ない旨伝え、次回調査日を平成四年一一月二七日と約束した。

(六) 反面調査の開始

平成四年一一月九日ころ、吉本職員は調査の進展を図るため、原告の取引金融機関の反面調査を開始した。

(七) 平成四年一一月二七日の面接

(1) 平成四年一一月二七日、吉本職員が旧事務所に臨場したところ、原告が、事務所移転に伴う片付けのため、近くのホテルのロビーで会うことにする旨吉本職員に告げ、事務所を出て歩き出したため、吉本職員は、やむなく原告の申出に従いホテルシェレナに同行した。

(2) ホテルシェレナの一階ロビーにおいて、原告は申し入れを無視して反面調査を行ったとして、吉本職員に対し抗議を行った。

吉本職員は、原告がとよ子から受け取った弁護士報酬(本件手数料)について、その総額二五七五万円を平成二年分の収入金額に計上してもらう必要がある旨伝えたところ、原告は、見解の違いである、原告は依頼者から現実に報酬を受け取ったときを収入計上の時期として、平成二年分と三年分に分けて申告している、吉本職員の考えには納得できない旨返答した。そのため、吉本職員は、右弁護士報酬が平成二年及び三年に計上されているかどうかを確認するため収入金額の明細を提出するよう求めたが、原告は、その必要性がないと考える旨答えて拒否した。

また、吉本職員は、それまでの反面調査により把握した原告の収入金額と思われる金額を原告に説明したうえ、それらの収入金額が申告において計上されているか否かについて帳簿等により確認したい旨申し出たが、原告は、計上している、詳細は今すぐには分からないので調査して回答する旨答え、帳簿等の提示はしなかった。

(3) 吉本職員は、帳簿等の提示がないのであればこれ以上の調査の進展を図れないと判断し、次回調査日を平成五年一月二〇日か二二日のどちらかにする旨を原告に伝えてその日の面接を終了した。

(八) 平成五年一月二二日の面接

(1) 吉本職員が、平成五年一月六日に電話で原告に予告したとおり、同月二二日、新事務所に臨場したところ、原告がホテルシェレナのロビーで会うと述べて同ホテルに向かったので、吉本職員は、やむなく同ホテルに同行した。

(2) ホテルシェレナの一階ロビーにおいて、原告がテープレコーダーによる録音を始めたので、吉本職員が録音の中止を求め、しばらく押問答が続いたが、原告は、結局、テープレコーダーを停止させなかった。

吉本職員が、停止させないなら帰る旨述べた所、原告は、反面調査につき抗議し、反面調査をした理由を説明するよう求め、さらに請願書を取り出して吉本職員に手渡そうとしたが、吉本職員は、署に郵送するよう述べた。

(3) 吉本職員は、次回調査日については電話連絡することを約束し、その日の面接を終了した。

(4) なお、右請願書は、その後被告宛郵送された。その内容は税務調査の必要性や反面調査の有無・内容等を開示すること。反面調査を中止すること等を要請するものであり、文書による回答を求めるものであったが、被告は文書で回答することはしなかった。

(九) 平成五年一月二五日の架電

平成五年一月二五日、吉本職員は、新事務所に架電し、次回調査日を二月中に設けたい旨申し出たが、原告は二月中は業務があるため三月にしてほしいと答えるのみであったので、次回調査日を決めることはできなかった。その後、同日中に長谷川統括官が、新事務所に架電して早期の調査日の設定を求めたが、結局、次回調査日を具体的にいつにするかは決められなかった。

(一〇) 平成五年二月一二日の架電

西岡達雄個人課税第二部門統括国税調査官(以下「西岡統括官」という。)は、長谷川統括官からの調査協力要請を受けて、平成五年二月一二日、新事務所に架電し、会って調査の経緯につき説明したい旨及び帳簿等の提示を求める旨伝えた。

(一一) 平成五年二月一八日の訪問

平成五年二月一八日、吉本職員及び西岡統括官は、新事務所に臨場するため、新事務所のあるライオンズマンションの一階ロビーのインターホン越しに、今から臨場したい旨伝えたところ、原告から、来客中で会えない旨返答され、原告と面接することはできなかった。

そこで、吉本職員及び西岡統括官は、同日二六日までに青色申告に必要な帳簿書類を税務署へ持参されたいこと及び持参されない場合は、青色申告の承認を取り消さざるを得ないこと等を記載した「注意書」を新事務所の郵便受けに投函し、帰署した。

(一二) 平成五年二月二二日の架電

平成五年二月二二日、西岡統括官は新事務所に架電し、同月一八日に新事務所郵便受けに投函した注意書にも記載しているように、早期に面接してお互い問題点を確認した上で早く解決したい旨述べた。これに対し原告は、文書については文書で回答する旨答えた。

また、原告が、税務署の調査内容が正しいとすれば平成三年分の確定申告に対する更正の請求が必要になると述べたので、西岡統括官は、当該期限が平成五年三月一五日であるから、早急に説明する場を持ちたいと述べた。

(一三) 平成五年二月二五日の請願書の郵送

原告は、平成五年二月二五日、被告に対し、請願書を郵送した。右請願書の内容は、前記注意書自体の法的根拠及び帳簿書類の税務署への持参・開示を求める法的根拠を明らかにするよう求め、反面調査が違法不当であること等を主張するものであった。

(一四) 平成五年三月一日又は二日の架電

平成五年三月一日又は二日、西岡統括官が新事務所に架電し、原告に対し、帳簿等を提示すること及び平成二年分の修正申告書を提出することを求めたところ、原告が、三月一二日に国税不服審判所神戸支所に用があるので同日午後二時ころ同支所に隣接する兵庫税務署で面接したい旨申し出たので、西岡統括官は、右税務署は本来面接すべき場所ではなかったがこれを了承した。

(一五) 平成五年三月一二日の面接

平成五年三月一二日、吉本職員及び西岡統括官は、兵庫税務署において原告と面接し、少なくともとよ子からの収入(本件手数料)の計上時期の問題及び買換資産の取得価額の問題について修正申告をする必要があるのではないかとの趣旨のことを述べた。また、西岡統括官は、右面接あるいはその前後の架電の際、原告に対し、平成三年分の収入にとよ子からの本件手数料が計上されているならば、三月一五日までなら減額更正請求は当然の権利としてできるが、それ以降になると減額更正がされるか否かは分からないとの趣旨のことも述べた。

なお、西岡統括官らは、原告に対し、全体の帳簿等の提示を要請したものの、右二つの問題点に関する帳簿等のみの提示を要請することはしなかった。

(一六) 平成五年三月一八日の架電

平成五年三月一八日、西岡統括官が新事務所に架電し、前回の面接の際に指摘した点について回答を求めたところ、原告は、調査理由の開示がなく、請願書に対する回答もない状況では、帳簿を提示して回答することはできない旨答えた。これに対し、西岡統括官は、帳簿等に基づき所得金額について説明してもらえないのであれば、更正処分をさぜるを得ない旨述べた。

(一七) 平成五年三月二三日の架電

平成五年三月二三日、西岡統括官は、新事務所に架電し、原告に対し、調査した結果について最終的に意見があれば伺いたい旨伝え、日程の調整を依頼したが、原告が時間の無駄であると答えたため、原告が調査に応じる様子はないと判断し、更正処分を行う旨原告に伝えた。

(一八) 以上の一連の調査・面接において、結局、原告の帳簿書類等の確認はなされなかった。

そして、平成五年四月六日、吉本職員は、本件青色申告承認取消処分、年件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の各通知書を起案し、そのころ、本件各処分がなされた。

3  本件税務調査の適否

(一) 右2認定の事実によると、原告は、被告職員らが繰り返し帳簿等の提示を要請したにもかかわらず、帳簿等の提示をしなかったため、被告職員は帳簿等の備付け、記録及び保存が正しく行われていることが確認できなかったというべきであるから、9前記1に説示したところに従い、青色申告承認の取消しができる場合であるということができる。

(二) そこで、同じく前記1に説示したところに従い、本件調査の全過程を通じて、被告が帳簿等の備付け等の状況を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を怠ったと認められるか否かについて、判断する。

所得税法二三四条一項の規定は、所得税について調査の権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請・申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事実にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衝量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、これを権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねたものと解するのが相当である。

そして、右調査について、諸般の具体的事実にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合とは、納税申告が過少であるなどの疑いが当初から存在する場合に限らず、そのような疑いが当初から存在しない場合でも、申告の真実性や正確性を確認する必要がある場合を含むと解すべきである。

また、質問検査権の行使に当たり、具体的・個別的な調査理由ないし必要性を開示することは要件とされておらず、開示するか否かは税務職員の合理的裁量にゆだねられているというべきであり、必ずしもその具体的・個別的な調査理由ないし必要性を開示しなければならないというわけではない。

さらに、所得税法二三四条一項三号は、納税義務者以外のこれと一定の関係を有する者に対しても質問検査をすること(いわゆる反面調査)ができる旨定めているが、その調査の順序や方法については、特に定められていないから、税務職員の合理的な裁量にゆだねられているものと解すべきであって、右納税御者以外の者に対する質問検査は納税義務者の同意がなければできないとか、納税義務者に対する質問検査が不可能な場合でなければ許されないというものではない。

以上を前提に、原告が被告は社会通念上当然に要求される程度の努力を怠ったとして指摘する点について検討するに、以下のとおりいずれも採用することができない。

(1) 問題点の早期提示について

原告は、被告は調査の開始という早期の段階から問題点を限定することが可能であったにもかかわらず、問題点を絞った限定的な調査を試みる努力を全くしていないと主張するが、本件において原告の提出した平成二年分青色申告決算書(乙四六)には、「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄に何らの記載もされていなかったこと等からすると、申告の真実性や正確性を確認する必要があったものと認められるから、調査の早期の段階から問題点を限定することが可能であったということはできない。

(2) 具体的理由の開示について

原告は、弁護士の守秘義務についての理解を求め、調査の具体的理由の開示を受けた上で提示資料を限定して提示する旨一貫して主張していたにもかかわらず、被告は右の点に一切配慮することなく調査を進めたと主張するが、前記2認定の事実によれば、被告職員らは、原告の平成元年分ないし三年分の所得税の各確定申告書に記載された金額が適正であるか否かを確認するため、本件調査の際、原告に対し、繰り返し、平成元年分ないし同三年分の申告内容を確認したい、申告内容を確認するためには帳簿等の提示を受ける必要があるとの要請をしているのであって、前記説示のとおり、質問検査権の行使に当たり必ずしもその具体的、個別的な調査理由ないし必要性を開示しなければならないというわけではないから、被告職員が具体的調査理由を開示しなかったとしても、必ずしも不当とはいえず、社会通念上当然に要求される努力を怠ったとまでいうことはできない。

なお、吉本職員は、平成四年一〇月一六似にの面接の際、本件税務調査の対象となっていない昭和六三年以前に終結した二つの事件についても質問したことは前記二(四)認定のとおりであるが、所得税法施行規則六三条は、青色申告者の帳簿書類の保存期間を七年又は五年としており、右保存期間内の帳簿の保存を確認することも許されないわけではないこと、右面接以外においては右のような質問をしていないことに照らし、不当ということはできない。

(3) 守秘義務について

原告は、依頼者名が記載された箇所に紙を貼った上で帳簿等の提出を受けるなど、守秘義務に配慮した調査は可能であったにもかかわらず、被告職員は、問題となっている項目も示さず、税務職員にも守秘義務があるとの発言を繰り返すのみであったので、原告は調査方法の協議すらできなかったと主張する。

しかし、前記2認定の事実によれば、原告が帳簿等の提示に応じなかったのは、結局のところ、弁護士には守秘義務があるから、被告側から具体的な調査理由が開示されない限り帳簿等を提示することはできないとするものであったと認められるところ、具体的、個別的な調査理由ないし必要性を開示することは質問検査権行使の要件とされていないことは前示のとおりであること、弁護士の守秘義務ないし秘密保持の権利も絶対無制約のものとは解されないこと、課税権の適正な行使のためには弁護士に対する税務調査も必要となることがあること、税務職員を含む国家公務員一般について、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならないものとし、違反者は一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する旨定められ(国家公務員法一〇〇条一項、一〇九条一二号)、特に、所得税に関する調査に関する事務に従事している者又は従事していた者が、その事務に関して知ることのできた秘密を漏らし又は盗用したときは、二年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する旨定められている(所得税法二四三条)こと、本件調査における質問検査の対象は、原告の事件処理により、依頼人から原告に対して金員が支払われた事実の有無、その額、金員の性質等の経済的取引の側面に関する事項を確認することであり、事件の内容や依頼者の身分・特性に関する事項ではないこと、原告が平成二年分所得税青色申告決算書には前記のとおり「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄に何らの記載が無く、原告の申告が適正にされているか否かを確認するには、帳簿等の一部のみの開示では必ずしも十分ではないと考えられること、原告主張のように守秘義務に配慮した帳簿等の開示方法として依頼者名が記載された箇所に紙を貼った上で帳簿等を提出するという方法が可能であるとしても、具体的にどのような箇所に紙を貼るのかはまずは原告の判断によることになるところ、原告の方から右のような方法での提示を提案したわけではないこと等の事情にかんがみると、弁護士の守秘義務を考慮しても、本件において被告職員らが社会通念上当然に要求をされる程度の努力を怠ったとまでいうことはできない。

(4) 反面調査について

原告は、平成四年一〇月一六日の三回目の臨場調査に際し、原告が次回の四回目の臨場調査の受忍を約束したにもかかわらず、四回目の調査の前の段階で、原告の理解を得るための努力を全く行うことなく、反面調査を開始したと主張するが、前記2認定事実によれば、被告職員は原告の理解を得るための努力を行っていないとはいえないし、吉本職員は、平成一〇年一〇月一六日の面接の際及び同月二一日の架電の際に、帳簿等の提示がない以上反面調査をせざるを得ない旨伝えており、そして、反面調査は、納税義務者の同意がなければできないというものでないことは前示のとおりである。

(5) テープ録音について

原告は、平成五年一月二二似にの調査の際、被告職員は原告がテープ録音を中止しなかったことを理由にその日の調査を打ち切ったが、テープ録音は、税務調査の適正を担保するため、及び原告が秘密漏示に当たるような対応をしなかったことを後日説明できるようにしておくためのものであり、テープ録音の中止を求めることに正当な理由はない旨主張する。

しかし、税務調査においては、納税者の知る取引先等の第三者の秘密等に質問検査が及ぶことは当然予想されるところ、納税者がテープレコーダーによりその状況を録音した場合、別の機会に守秘義務を負わない一般私人にその内容を聞かせることが可能になり、守秘義務を定めた法の趣旨が実質的に損なわれる事態が生ずるおそれがないとはいえないから、税務職員がこうした事態を考慮して、録音の中止を求め、原告が録音を中止しなかったことを理由にその日の調査を打ち切ったからといって、不当であるとまでいうことはできない。

(6) 請願への対応について

原告は、原告の行った二回の請願に対する被告の対応は不誠実であった旨主張するが、前記2の(八)(4)及び(一三)認定に係る右請願の内容に照らせば、被告が右請願に回答しなかったことをもって、直ちに違法、不当とまでいうことはできない。

以上によれば、本件調査の全過程を通じて被告が社会通念上当然に要求される程度の努力を怠ったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  まとめ

以上のとおり、原告には青色申告承認の取消事由があり、かつ、被告が社会通念上当然に要求される程度の努力を怠ったとはいえないから、本件青色申告承認取消処分は適法というべきである。

三  争点3(とよ子から得た本件手数料収入は全額が平成二年分の所得として計上されるべきか)について

1  所得税法三十六条一項がその年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額について「その年において収入すべき金額」とするとしていることから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その確定の時点で所得の実現があったものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。それは課税に当たって常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することにしたものと解される。

そして、右にいう収入の原因となる権利が確定する時期については、それぞれ権利の特質を考慮し決定されるべきものであり、本件委任契約に基づく原告の本件手数料のような人的役務の提供による収入については、その人的役務の提供を完了した日と解すべきである。

2  証拠(甲七、八、一五の一・二、一六の1ないし三、一七、一九、乙四二)及び弁論の全趣旨によれば、原告はいわゆる通知税理士として税務申告等の業務も行っていたところ、本件譲渡物件の譲渡に係るとよ子の平成二年分の譲渡所得につき、平成三本に所得税の税務申告の手続をしたこと、本件委任契約においては、坪六〇万円程度で売却できた場合は、売却実費を含めて手数料を一〇〇〇万円とし(基本手数料)、売却代金が坪六〇万円を超える場合は坪六〇万円を超えた金額の八〇パーセントの割合を基本手数料に加算した増額手数料とする旨定められていたこと。そして、本件譲渡物件(本件譲渡土地三六一平方メートル)が坪六〇万円で売却できた場合は約三三〇〇万円がとよ子の経済的利益となるところ、日本弁護士連合会報酬等基準規程によると、経済的利益の価額が三三〇〇万円の場合の弁護士の着手金及び報酬金は標準額が一九九万五〇〇〇円で、増減許容額(増減後の金額)が一三九万六五〇〇円ないし二五九万三五〇〇円とされていること、実際には本件譲渡物件は坪一〇〇万円で売却でき、とよ子の得た経済的利益は五五〇〇万円であるが、右規程によると、経済的利益の価額が五五〇〇万円の場合の弁護士の着手金及び報酬金は標準額が三〇四万五〇〇〇円で、増減許容額が二一三万一五〇〇円ないし三九五万八五〇〇円とされていることが認められる。

3  右認定事実及び前記第二の二の争いのない事実に基づき検討するに、原告は、現に本件譲渡物件の譲渡に係るとよ子の譲渡所得につき平成三年に税務申告の手続をしていること、本件委任契約における約定の手数料の額は、とよ子と原告が親子であることを考慮しても、著しく高額であり、本件譲渡物件の譲渡に係る譲渡所得について税務申告手続までの業務が委任内容に含まれるとしても、不合理ではないと考えること、所得税の申告が暦年の収入ごとになされるとしても、とよ子が本件譲渡物件の譲渡に係る収入以外に、税理士に申告手続を依頼することを要するだけの収入を得る見込みがあったというような事情は窺われないこと、とよ子の平成二年分の所得に係る税務申告に関し特に別個に契約を締結したことを認めるに足りる証拠はないこと等の事情を総合すると、本件委任契約の内容に税務申告の手続まで含まれていたと認めるのが相当であり、したがって、代金受領及び登記手続が完了した平成二年一月三一日の時点において、本件委任契約に基づく原告の人的役務の提供が完了したとは認められない。

したがって、原告作成の平成二年二月一日付けの六三〇万円の領収書(甲九の1)に本件手数料の総額二五七五万円の一部金として領収した旨記載されていることを考慮しても、原告がとよ子から得た本件手数料収入二五七五万円はすべて平成二年分の収入として計上すべきものであるとの被告の主張は採用することができない。

そして、他に的確な証拠の存しない本件においては、領収書(甲九の2・3)に日付に従い、総額二五七五万円の残額一九四五万円の全額を平成三年分の収入として計上すべきものと認めるほかはない。

四  争点4(原告の平成二年分のその他の収入金額はいくらか)について

原告の平成二年分のその他の収入金額につき検討するに、被告が別表5の「被告主張額」欄記載のとおり主張するのに対し、原告は、同表「原告が否認する金額」欄記載のとおり否認し、その理由として前記第二の四4(原告の主張)記載のとおり主張し、右主張に沿う証拠として甲第二一号証及び原告本人の供述があるところ、原告の依頼者に対する照会に対する回答書の中には、原告が否認する金額と一致する金額を諸費用として支払った旨記載されているもの(別表5の<6>の取引先Bの二二万八〇二二円(乙五)、同<7>の取引先Cの一三万三二一六円(乙六)、同<9>の取引先Fの二一万八四八八円(乙八)、同<13>の取引先Dの三三万七七四五円(乙一一))ないしは報酬と諸費用の内訳を記載しないで総額を記載したもの(別表5の<3>の取引先Aの四一〇万七八〇〇円と対応(乙二))が多数あること、弁護士報酬の額で一〇円単位の端数がでることは一般的でないと考えること、原告名義の預金口座(乙一三)に「ゲンキン」との記載のある入金(別表5の<15>の四一万円及び<26>の七万円に対応)があったからといって、振込人名の記載がある場合と異なり、直ちに右入金が原告の未計上の収入であるとまで認めることはできないこと、弁護士業務の過程において、依頼者からサラ金業者に対する返済金として預かるために預金口座に振り込んでもらうことは当然考えられること等を考慮すると、前記原告の主張に沿う甲第二一号証及び原告本人の供述は採用することができる。

この点に関し、被告は、仮に、被告主張の収入金額の中に原告主張どおりの諸費用と認めるべき金額が含まれていたとしても、原告が確定申告において右金額を総額一五四九万七六四七円(ただし、集計誤りを訂正し、かつ、本件青色申告承認取消しに伴い必要経費として控除できないものを除いたもの)の必要経費の中に含めて計上していないことを確認することができない旨主張するが、そもそも被告主張に係る必要経費は原告の確定申告に係る金額を引き写しただけのものであること、右必要経費と原告のいう諸費用はと明らかに性質を異にするものであること、原告は被告主張の収入以外にも収入がある旨具体的金額(二八四万一二九一円)を示して認めていることにかんがみると、原告が前記金額を必要経費の中に含めて計上していたとは考え難い。

したがって、とよ子から得た本件手数料収入六三〇万円を除いた原告の平成二年分の収入は、一三二八万九二一〇円(別表5の「原告の認める金額」欄の<2>ないし<34>の合計)に、右原告の自認するその他の収入二八四万一二九一円を加えた一六一三万〇五〇一円と認められる。

五  争点5(平成三年分の減額更正等をしないで平成二年分の増額更正をしたことは適法か)について

前記三説示のとおり、とよ子から得た本件手数料収入のうち平成二年分の収入に計上すべき金額は六三〇万円であり、残額一九四五万円は平成三年分の収入として計上すべきものであって、そもそも原告主張の減額更正等をすべき理由がないから、争点5については判断する必要がない。

六  争点6(国税不服審判所の真理で問題とされなかった処分理由を本件訴訟で主張することは許されるか)について

1  本件譲渡物件の譲渡につき租税特別措置法三七条の適用がないとの主張は、国税不服審判所の審理で問題とされなかったものであることは当事者間に争いがない。

しかして、課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、当該課税処分によって確定された税額が処分時に客観的に存在した税額を上回っていないかどうかが審理されるのであるから、課税庁は、処分時の認定理由に拘束されることなく、その後に発見、認識した事実に基づいてその課税根拠を主張できるというべきであり、更正、異議決定又は審査請求に対する裁決の段階で考慮されなかった事実を、処分を正当とする理由として、訴訟の段階に至って新たに主張することは許されると解するのが相当である。これに反する原告の主張は採用することができない。

なお、国税通則法一〇二条一項の「裁決は、関係行政庁を拘束する」との規程は、裁決によって原処分が取り消され又は変更された場合には、原処分庁を含む関係行政庁は、同一の事情の下で当該裁決によって排斥された原処分の理由と同じ理由で同一人に対し再び同一内容の処分をすることが許されないとするにとどまり、原処分を維持した裁決の結果になお不服があるとして提起された原処分の取消訴訟において、処分庁が原処分を根拠づけるためにする主張は裁決の理由中の判断と同一でなければならないとするものではなく、裁決がそのらうな意味での拘束力を有するとするものではない。

2  原告は、本件申告前に、神戸税務署に赴いて、本件譲渡物件の譲渡につき租税特別措置法三七条の適用がある旨の回答を得て本件申告に及んだものであり、課税庁側の更正処分、異議申立て、審査請求の全過程においても、同条の適用が認められていたのに、本件訴訟において、被告がこれまでの扱いを覆して同条の適用を否定することは、信義則に反し、禁反言により許されないとか、仮に課税徴税上右のような禁反言の主張が認められないとしても、訴訟上の主張としては課税庁の主張の追加や差替えは制約されるべきであると主張する。

しかして、租税法規に適合する課税処分について、信義ないし禁反言の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、はじめて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するか否かの判断に当たっては、少なくとも課税庁が納税者に対し信頼の対象となるべき公的見解を表示したとこが前提要件として必要というべきである。

本件について右の特別の事情の有無について検討するに、前記一説示のとおり、更正、異議決定又は審査請求に対する裁決の段階で考慮されなかった事実を訴訟の段階に至って新たに主張することも許されると考えられる上、一般に税務相談は、税務署職員が、具体的な調査を行うこともなく、相談者の申立のみに基づきその申立の範囲内で、行政サービスとして納税申告をする際の参考とするために、税務署の一応の判断を助言として示すものであって、その助言は、仮に課税にかかわる個別具体的なものであったとしても、助言内容どおりの納税申告をすれば必ずその申告内容を是認するということまで意味するものではなく、最終的にいかなる納税申告をすべきかは納税義務者の判断と責任に任されているというべきであって、税務相談における助言は、それが税務署長等の権限のある者の公式の見解の表明とみられるものでない限り、前記信頼の対象となる公的見解とはいえないところ、本件全証拠によるも、原告が神戸税務署に赴いて得たという回答が右のような公式の見解の表明とみられるものであったとは認められないから、本件においては、信義則ないし禁反言の法理の適用の是非を考えるべき特別の事情が存するとはいえない。

原告のいう訴訟上の主張としての制約の点についても、時機に後れた攻撃防御方法として却下されない限り、主張の提出を許されるものといわざるを得ない。

3  原告は、また、国税通則法一〇二条を根拠に、被告の理由の追加や差替えは国税不服審判制度からも許されないと主張するが、右主張の採用できないことは前記1末段に説示したところからあきらかである。

七  争点7(被告が本件訴訟係属後に収集した証拠を、本件訴訟において立証の用に供することは許されるか)について

1  原告は、大阪国税局は、本件訴訟係属後の平成七年一〇月五日から翌年八月二六日にかけて本件裁判の当事者でない第三者に対して照会と称して文書を送付し、その回答を徴取して証拠(乙一、二、五、ないし一四、二一ないし三五)として提出しているが、違法に収集されたものであるから、被告の立証に使用することは許されない旨主張し、その理由として、民事訴訟法の弁論主義からの逸脱、質問検査権の対象外、更正処分の期間制限の三点を指摘する。

民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規程するところがなく、当事者が立証の用に供する証拠方法は一般にすべて証拠能力が肯定されるが、当該証拠が著しく反社会的な方法を用いて収集されたものであるなどの特段の事情があり、その違法が実体的真実発見を犠牲にしてもなお許容し難い程度に社会正義に反するときは、証拠能力が否定され得ると解するのが相当である。

2  本件において右特段の事情があるか否か、検討する。

(一) 所得税法二三四条は、質問検査権行使の要件について、調査の種類、目的、時期等について何ら限定していないところ、その質問検査権が、申告納税制度の下において、所得税を適正かつ公平に賦課徴収することを目的として認められていることに照らせば、課税処処分を行う前提としての調査ではなく、課税処分等の取消訴訟の段階に至ってこれに応訴するための調査として質問検査権を行使することは、これを拒否する者は一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処する旨の罰則の規程(所得税法二四二条八号)があること、民事訴訟手続上に証人尋問や調査嘱託等の手続が規定されていることからすると、その適否については疑問の余地も存するけれども、違法とまでいうことはできない。

(二) 質問検査の対象者が明文に規定されている者でなかったとしても、質問書を送ってその回答を得たというだけでは、著しく反社会的な方法を用いたとまではいえない。

(三) 課税処分の取消訴訟において、課税庁が質問検査権の行使により収集した証拠に基づき課税処分の正当性を理由付けるために主張、立証をすることは、新たな更正処分をすることとは全く異なるから、右質問検査権の行使が更正決定をすることができる期限の経過後になされたとしても、そのことをもって違法な質問検査ということもできない。

3  以上によれば、前掲各証拠を立証に用いることができないとする特段の事情があるとまでいうことはできず、これに反する原告の主張は採用することができない。

八  争点8(本件譲渡物件の譲渡に係る所得に租税特別措置法三七条一項の適用があるか)について

1  租税特別措置法三七条一項は、事業用資産が設備更新等のために譲渡される場合に、その買換えを円滑にし、事業の合理化と生産財の有効利用を図るために、一定要件の下で、右譲渡所得税に対する課税を軽減するものである。そして、右にいう事業用資産とは、営利を目的として自らの危険と計算において継続的に行う事業のために使用する資産をいい、原則として、資産が譲渡された当時、現実かつ継続的に事業の用に供されているものをいうと解すべきである。ただし、従前事業の用に供されていた資産が、譲渡された当時は、偶々、現実に事業の用に供されていなかった場合であっても、事業継続の意思の存在することが客観的に明白であって、現実の供用を停止した理由等に照らし、右譲渡の時点においてそれが未だ事業用資産としての性質を失っているものではないと認められるときは、当該資産は、租税特別措置法三七条一項にいう事業用資産に該当するものと解すべきである。

2  証拠(甲二一、乙一九、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 播州信用金庫は、三木支店の新規出店を計画し、同金庫の理事総務部長三輪勇(以下「三輪」という。)がこれに必要な用地を捜していたところ、本件事業用物件を目にとめ、平成五年五月ころから、頻繁に土地の様子を見に行ったり、近隣で様子を聞いたりしたが、利用されている様子がなかったので、この土地なら売ってもらえるのではないかと考えるに至った。

三輪は、登記簿上本件事業用土地の所有者が岩尾であることを知り、岩尾の自宅を訪問したが、既に同人が死亡していたため、まず、岩尾の妻であるとよ子と四、五回交渉した。三輪は、とよ子との交渉において、本件事業用土地のうち別表4記載の各土地の買取りを申し出たが、とよ子は、同表の順号1の土地に建てられた工場は、岩尾自身が自らの作業により建設したものであり、思い出があり、形見として残しておきたいとの意向を示した。そこで、三輪は、右土地に代えて、本件譲渡土地の買取りを申し出たところ、とよ子は、これを承諾した。

そして、三輪は、岩尾の子である原告と交渉し、その結果、平成元年一月二〇日、原告及びとよ子との間で本件譲渡物件(別表3の土地建物)につき本件譲渡契約を締結した。本件譲渡物件のうち工場(別表3の順号4)は、譲渡の対象とはされたが価値がないものとして扱われた。

(二) 平成二年二月二八日、とよ子は、亡岩尾の相続人代表として、亡岩尾の平成元年分所得税の準確定申告書を提出したが、同申告書の事業所得の記載欄には、「一年一月より廃業」との記載があるのみで、事業所得の金額やこれに係る収入金額の記載はなかった。

(三) 原告やとよ子は、同人らのみで鉄工所事業を行っていくだけの技術はなく、本件譲渡物件を譲渡するまでの間に大搗鉄工所の機械類を動かしたことはなく、岩尾死亡後に従前の取引先と取引をしたこともない。

(四) 岩尾死亡後も、現在に至るまで、別表4の順号1の土地上に建てられた工場はそのままであり、機械類も保管されているが、原告やとよ子、あるいは第三者が右工場を稼動させたりしたことはない。

3  右認定事実及び前記第二の二の争いのない事実によれば、岩尾が平成元年三月上旬に入院した後、従業員を解雇した同年五月ころには大搗鉄工所の事業は休止状態にあったということができ、岩尾の死亡後、原告及びとよ子に鉄工所事業継続の意思や能力があるとは認められず、不動産貸付業の事業に供し、又は供する予定であったことを認めるに足りる事情も存しないから、本件譲渡物件は、譲渡時点において原告の事業の用に現実に供されていたものではないと認めるのが相当である。

この点に関し、原告は、原告及びとよ子は岩尾死亡後も、鉄工所内の機械等重機、什器備品をそのまま使用し得る状態で維持し、また本件譲渡物件を貸工場として第三者に貸し付ける方策もとってきた旨主張するが、原告が第三者に貸し付ける方策をとっていたとかそのような計画を進めていたことを認めるに足りる証拠はなく、単に、機械類をそのまま保管していたというだけでは、右計画を進めていたということでできないし、岩尾の死去(平成元年六月一三日)と本件譲渡契約(平成元年一一月二〇日)とが接着していることからしても、貸借を予定していたとはみられない。なお、原告本人は、岩尾が死亡してから、一、二か月後に親戚から工場を貸してくれないかとの話があった旨供述するが、右供述を前提にしても、右の話は原告の方から申し出たというわけではなく、また、古い工場及びその敷地(本件譲渡物件)は売却され、譲渡しなかった新しい工場及びその敷地(別表4)も現在に至るまで誰にも賃貸されていないことにかんがみると、右供述により原告が工場貸付けの計画を進めていたと認めることはできない。仮に、原告に事業継続の意思があったとしても、それが客観的に明白であったとは認めるに足りる証拠はない。

4  以上によれば、本件譲渡物件は、譲渡時にはおいて、現実かつ継続的に事業の用に供されていたとは認められないし、事業用資産としての性質を失っていたものでないとも認められないから、前記1に説示したところに従い、本件譲渡物件の譲渡については、租税特別措置法三七条一項の適用はないといわなければならない。

九  争点9(本件買換物件の取得価額のうち建物分の価格はいくらか)について

前記八説示のとおり、本件譲渡物件の譲渡につき、租税特別措置法三七条一甲の適用はないから、争点9については判断する必要がない。

一〇  本件課税処分の適法性についてのまとめ

そうすると、原告の平成二年の分離長期譲渡所得金額は、被告主張の別表7のとおり、四七四一万九〇三六円となり(同表の順号<2>ないし<5>及び<7>の各金額は弁論の全市消しにより認められる)、右分離長期譲渡所得金額(一〇〇〇円未満切捨て)に対する税額は、租税特別措置法三一条一項二号により九八五万四七五〇円と算出される。

したがって、平成二年分の総所得金額に対する税額と分離長期譲渡所得金額に対する税額の合計額から弁論の全趣旨により認められる源泉徴収税額二三万五六三六円を差し引いた額(納付すべき税額)は、本件更正処分における納付すべき税額九一八万〇一〇〇円を上回ることが明らかであるから、本件更正処分は適法であり、これに基づきなされた過少申告加算税賦課決定処分も適法である。

第四結論

以上のとおり、本件訴えのうち、本件更正処分について原告の申告した税額二七〇万五一〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分の訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田口直樹 裁判官 大竹貴)

別表1

<省略>

別表2

課税の経緯

<省略>

別表3

本件譲渡物件一覧表

<省略>

別表4

本件に関連のある土地一覧表

<省略>

別表5

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別表6

措置法37条1項の適用がある場合の分離長期譲渡所得の金額

<省略>

別表7 平成2年分

分離長期譲渡所得の金額

<省略>

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